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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)2093号 判決

原告 山本清

原告 保母道雄

右両名訴訟代理人弁護士 今井文雄

被告 中央観光事業株式会社

右代表者代表取締役 吉田康夫

右訴訟代理人弁護士 竹原孝雄

主文

被告は、原告らに対し、それぞれ金二〇〇万円とこれに対する昭和五三年二月二二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一、第二項と同旨

2  主文第一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  被告は、ゴルフ場の経営管理等を目的とする株式会社であるが、神奈川県足柄上郡山北町向ヶ原地区に松田カントリークラブの名称でゴルフ場の建設を計画し、昭和四七年一〇月頃、ゴルフ場建設用地全部の買収を完了したと称して次のとおり定めて同クラブ会員を募集した。

(1) 被告会社役員会の承認を得、会員資格保証金(以下、預託金という。)として二〇〇万円を被告に対し預託することにより、同クラブ個人正会員の資格を取得する。

(2) 預託金は、預託金預り証発行の日から五年間据置き、右期間経過後請求あり次第返還する。

(二) 原告らはいずれも、昭和四七年一一月下旬ないし同年一二月上旬頃、被告に対し同クラブ個人正会員入会の申込をし、被告会社役員会の承認を得て、同年一二月五日二〇〇万円を被告に預託し、同月一二日預託金預り証の発行を受けた。

(三) 松田カントリークラブは、被告が会員から資格保証金名義で資金を調達し、ゴルフ場施設を建設して会員に同施設を使用させる、いわゆる預託金会員制のゴルフクラブであるが、原告ら及び被告間の右クラブ入会契約(以下、本件契約という。)は、原告らにおいて、資格保証金二〇〇万円を預託し、ゴルフ場開場後は所定の会費を支払い、他方被告において、遅滞なくゴルフ場建設に着手し、建設に必要な相当期間経過後にゴルフ場を開場して使用させ、約定の据置期間(五年)経過後、会員がクラブを退会する際は、いつでも預託金を返還することを内容とする包括的な契約であり、一方の当事者がその義務の履行を怠った場合には、他の当事者は契約を解除することができる。

2  (主位的請求)

原告らは、いずれも被告に対し昭和五三年二月一四日到達した書面で、前記預託金を一週間以内に返還するよう請求した。

3  (予備的請求)

(一) 被告は、本件契約において、ゴルフ場用地の全部につき買収が完了しているとして会員を募集し、原告らはこれに応じて本件契約をなすに至ったのであるから、右契約において、被告は会員募集後遅滞なくゴルフ場建設に着手し、遅くとも相当の建設期間である三年を経過した後には原告らに対しゴルフ場施設を利用させる旨の債務を負ったものと解すべきである。

(二) 被告は本件契約後原告らに対し、しばしば、ゴルフ場建設工事には間もなく着工すると言うのみで、契約成立から六年余を経た本件口頭弁論終結の時点において未だ着工せず、今後右工事に着工し、これを完成することは不可能であることが明らかである。仮にそれが可能であるとしても、既に著しく遅延しているうえ、直ちに着工したとしてもゴルフ場施設の完成は工事の性質上着工してからなお数年を要すると考えられるから、もはや本件契約上のゴルフ場施設を利用させる債務の本旨に適った履行とはならず、従って、原告らは催告を要せず本件契約を解除できる。

(三) 原告らは、昭和五三年一〇月三一日、本件第五回口頭弁論期日において、被告に対し、契約を解除する旨の意思表示をした。

よって、原告らは、被告に対し、主位的には本件契約(据置期間満了)による預託金返還請求権、予備的には右契約の債務不履行解除による原状回復請求権に基づき、各自二〇〇万円とこれに対する昭和五三年二月二二日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3の(一)の事実のうち、被告が、会員募集に際し、ゴルフ場全用地の買収を完了したと称したことは認め、その余は争う。

同(二)の事実のうち、被告が未だゴルフ場建設工事に着工していないこと及びゴルフ場建設が当初予測した計画に照らし大巾に遅延していることは認めるが、右工事の着工及びその完成が不可能であることは否認し、本件契約を解除できるとする点は争う。

三  抗弁

1  (主位的請求に対し)

(一) 本件契約締結に際し、原告らは松田カントリークラブ規則(以下、本件クラブ規則という。)を承認して同クラブに入会したものであり、同規則(七条但書)には、クラブ理事会の決議により預託金の据置期間を延長することができる旨の定めがある。

(二) 後記のとおり本件ゴルフ場の建設が遅延しているところ、会員から受領した預託金を既にゴルフ場用地取得費用等に費消したため、当初の約定どおり預託金を返還することは不可能であり、その一部でも預託金の返還請求に応ずるときはゴルフ場の建設も不可能となる。またゴルフ場用地を処分しても預託金の全額を返還することはできない。このような事情から会員の利益を考え、クラブ理事会は昭和五二年一〇月一三日預託金の据置期間をゴルフ場開場まで延長する旨決議した。

なお、右据置期間の延長決議によって会員の利益を一方的に損うことのないように、被告は、会員の過半数の賛同を得て、他のゴルフクラブ(主として相模野カントリークラブ)の正会員権を会員に譲渡する措置を講じ、他クラブの正会員としての資格を取得できるよう会員に便宜を図っている。

2  (予備的請求に対し)

(一) 本件ゴルフ場の建設は、ゴルフ場用地提供者である高松山開拓農業協同組合(以下組合という)との交渉において、ゴルフ場建設の見返りとして被告において建設し、同組合員らが経営する予定である畜産団地の位置、規模等につき一部の組合員から異論が出て最終的な合意に達しないため、当初予定した建設計画を大巾に変更せざるを得ない結果になったもので、右遅延は何等被告の責に帰すべきものではない。

(二)(1) 一般に、ゴルフ場の建設が会員募集の際予定したとおりの時期に完成されることが殆どないことは公知の事実であり、ゴルフ場建設前に入会した原告らは、当然その点を承知したうえ、将来ゴルフ場開場による利益(会員権価格の高騰)とゴルフ場開場の遅延若しくは不能による不利益を勘案し、投資的な立場から、ゴルフ場開場後に比してより安い預託金で入会し会員資格を取得したものである。

右のような事情の下では、ゴルフ場開場の遅延が右の投資的意味での受忍限度を超えないかぎり、ゴルフ場施設を利用させる債務の履行遅滞を理由とする本件契約の解除権は発生しないものと解すべきである。

(2) 本件ゴルフ場開場の遅延は、前記事情に基づくものであり、被告は組合との話合いを継続中でゴルフ場建設の努力をしており、神奈川県及び山北町当局も調整に協力し、組合との話合いが解決すれば、直ちにゴルフ場建設に着工できる状況にある。右のような主観的・客観的事情の下では未だ受忍限度を超えた遅延ということはできない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(二)の事実は不知。

なお、次のとおり、クラブ理事会の据置期間延長の決議の存在及び効力を争う。

(一) 本件クラブ規則によれば、同クラブの目的は「被告が所有かつ経営するゴルフ場の施設を利用し、ゴルフを通じ広く会員の親睦、厚生を図る」というものであり、従って、同クラブは、被告がゴルフ場を建設所有しその経営を開始し、会員による同クラブ設立総会開催後初めて成立するものと解されるところ、今後本件ゴルフ場の開場ができないことは明らかであり、同クラブの設立及び定時の総会も開催されたことがないから、同クラブは未成立であるか、或は目的を失い実体のないものである。

(二) 本件クラブ規則によれば、同クラブには被告の選任委嘱する理事等の役員が置かれ、理事会が同クラブの運営に当り、理事長が同クラブを代表し、又年一回二月に総会を招集する等定められているが、同クラブは、未だ設立及び定時の総会が招集されたことは一度もなく、同クラブの会計は被告が一切これを掌握し、同クラブには財産管理、処分の権限がないのは勿論、同クラブ固有の財産もなく、会員は単に同クラブを介して本件ゴルフ場施設を利用できるに過ぎないものであるから、同クラブはそれ自体構成員の上に超越して独立の存在を有する社団(権利能力のない社団)の実態を有せず、従って、クラブ理事会の据置期間延長の決議は、原告らの同意がないかぎり、原告らを拘束する理由はない。

(三) 被告は、(1)会員募集総数一五〇〇名、(2)日曜日はビジターを取らず会員のみのプレイとし、スタートは到着順とすること、(3)コースの長さは七一〇〇ヤード前後のチャンピオンコースとすること等を示して本件ゴルフクラブ会員を募集し、原告らはいずれも趣味としてゴルフを楽しむ者であり、右募集内容に惹かれて本件契約を締結したものであるところ、ゴルフ場はそれぞれその施設、運営その他の点で優劣の差が甚しく、これを利用する者にとってはどこのゴルフ場でも良いというわけではない。従って、被告において他のゴルフ場を利用できる措置を講じたからといって、本件据置期間延長の決議が正当化されるものではない。

2(一)  同2(一)の事実は不知、ゴルフ場建設の遅延が被告の責に帰すべきものでないとする点は争う。

(二) 同(二)(1)の事実のうち、原告らが投資的な立場から会員資格を取得したことは否認する。

同(2)の事実のうち、組合との話合いが解決しさえすれば直ちにゴルフ場建設に着工できる状況にあることは否認し、契約解除権が発生しないとする点は争う。

五  再抗弁(抗弁1に対し)

本件ゴルフ場建設工事の着工が不可能であることは明らかであるから、クラブ理事会の据置期間をゴルフ場開場まで延長する旨の決議は、不能の停止条件を附したもので、無効である。

六  再抗弁に対する認否

否認する。本件ゴルフ場の建設は可能である。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実については、全て当事者間に争いがない。

右争いのない事実及び《証拠省略》によれば、原告らと被告間の本件契約は、本件クラブ規則を承認のうえなされた原告らの被告に対する入会申込と、同申込に対し本件クラブ規則所定の手続に従ってなされたクラブ理事会の承認のうえ締結され、入会とともに預託される会員資格保証金返還請求権及び会員資格に基づくゴルフ場施設の優先的利用権並びにクラブ規則所定の会費等の支払義務等の権利義務を包括するゴルフクラブ入会契約とも呼ぶべきものであり、原告らは、右契約に基づき、五年間の据置期間を附した預託金返還請求権(始期附権利)を有すると解するのが相当である。

二1  請求原因2の事実(預託金返還請求の意思表示)については当事者間に争いがなく、これに対し、被告はクラブ理事会による預託金据置期間延長の決議を主張し、原告らは右決議の存在と効力を争うので、この点につき判断する。

2  原告らが本件契約締結に際し、本件クラブ規則を承認のうえ入会申込をしたことは前記認定のとおりであり、右クラブ規則に、クラブ理事会の決議により預託金据置期間を延長することができる旨の定めがあることは、原告らがいずれも明らかに争わないので自白したものとみなす。また《証拠省略》によれば、本件クラブ規則に定めるところにより選任されたクラブ理事会が、昭和五二年一〇月一三日、預託金の据置期間を本件ゴルフ場開場まで延長する旨の決議をしたことを認めることができる。

3  ところで、原告ら個々のゴルフクラブ入会申込者とゴルフ場会社である被告との間で締結された契約が、本件のように所定のクラブ規則を承認した上でゴルフクラブ入会契約という形式をとり、右契約により原告らが会員資格を取得するという形態は、ゴルフ場施設の利用が多数者による集団的なものであって、ゴルフクラブという組織を介してゴルフ場施設を利用させることがその集団的利用関係の処理に適するところから一般的にも行われているところである。そして、本件のように入会申込者と被告との直接の権利義務に関する預託金の返還につき、理事会の決議により据置期間を延長することができる旨定めている場合には、右定めは、本件契約の内容をなすものとして効力を有し、右定めに従った理事会の決議は会員である原告らを拘束するものと解するのが相当である。

しかし、預託金の交付とその返還とは、本件契約上の主要な権利義務をなすものであり、本件契約において定められた五年の据置期間を変更することは、本件契約の基本的権利義務について変更を生じさせる結果になるというべきであるし、《証拠省略》によって認められる本件クラブ規則によると、クラブの理事はすべて被告において選任し、理事長は被告の代表者が兼任するとされ、会員においてその選任に関与する余地は全く認められていない。このように、契約の基本的権利義務に関する事項につき、契約成立後、契約の一方の当事者或はその選任した者によって、無制限に変更し得るとすることは契約当事者の合理的意思に合致するものではなく、理事会における据置期間の延長決議はその事由の点において契約成立後著しい事情の変更が生じた等合理的な理由があり、その内容の点において延長すべき期間が短期間であって加入者の権利に著しい変更を生じない等合理性を有する限度でのみこれを認める趣旨と解するのが相当である。

そこで、進んで本件決議が右のような合理性のあるものであるかどうかにつき検討するに《証拠省略》によると、クラブ理事会において、預託金の据置期間を延長する旨の決議をなすに至った事情は次のとおりと認められる。

すなわち本件ゴルフ場の建設は、その建設予定地一帯に組合員を擁する訴外高松山開拓農業協同組合(以下組合という)の構造改善事業と関連させて、被告が同組合員のために組合および組合員所有の土地の一部に畜産団地を建設し、その余の不要になった組合及び組合員の農地を譲り受けてゴルフ場を建設する予定で計画がすすめられ、被告においては原告らを含む第一次会員の募集後直ちに神奈川県の開発許可を得たうえ着工する予定であったところ、予想に反して同県の開発規制が厳しく許可を得られずに着工が遅れたうえ、一部組合員より畜産団地建設用地とゴルフ場用地として被告に譲渡すべき土地の範囲、境界について異論が出たため畜産団地の建設、ゴルフ場用地の譲受について組合との間に合意に達するに至らず、折衝を繰り返したが特段の進展がみられないまま推移し、今後についても解決について特段の見通しがないこと、このような状態のもとで、被告は第一次会員募集で預託を受けた預託金約八億円のうち約三億二〇〇〇万円を用地の代金として支払い、残余金は会員募集の費用、従業員の給料等として使用し、殆んど手持金はない状態にあること、既に会員募集から五年以上を経過し、原告らの他にも預託金の返還を求める会員があるところ右のとおりその資金がなく、そのため買収の済んでいる用地を処分するときは本件ゴルフ場の建設を断念せざるを得ず、またその代金をもってしても全ての会員の預託金の返還をなすことは到底できないこと、これらの事情から被告はクラブ理事会に要請して本件ゴルフ場が開場に至るまで預託金の据置期間を延長する旨の決議を得たことの各事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、本件ゴルフ場の建設、開場が遅滞するに至った前記各事情は、被告にとって予期しなかったことであるにしても、その事象の内容に照らし被告の判断の誤りに帰せられるべきもので、著しい事情の変更に当るものとは考えられず、本件ゴルフ場の建設、開場につき全く具体的な見通しのないまま、預託金の据置期間をゴルフ場開場まで延期する旨決議したことは、その事由の点においてもまたその内容の点においても前記合理性を欠くものというべく、本件クラブ規則において認める限度を超えるもので効力を有しないものというのほかない。

また、《証拠省略》によれば本件決議に伴い、被告が本件ゴルフ場開場までの間希望会員に対し相模野カントリークラブの会員権を譲渡する措置を講じ、約三五〇名の会員のうち約一三〇名が右譲渡を受けたことを認めることができるが、ゴルフ場の利用条件等は各クラブによりそれぞれ異っており、本件ゴルフ場の利用条件と同等であること(この点の主張、立証はない。)が認められないかぎり、右会員権の譲渡をもって本件ゴルフ場の利用に代替しうるものでないことは勿論であり、他クラブ会員権の譲渡が本件ゴルフ場開場までの本件決議に対する補完的措置としてなされたとしても、前記認定のとおり本件ゴルフ場の開場自体が具体的に明確な見通しを伴わないものである以上、右措置によって原告ら会員の不利益を補い本件決議の合理性を補完するに足りると認めることはできない。

三  以上のとおり、原告らの本訴主位的請求は理由があるから、全部これを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言については同法一九六条をそれぞれ適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川上正俊 裁判官 満田忠彦 裁判官荒井九州雄は職務代行を解かれたため、署名押印することができない。裁判長裁判官 川上正俊)

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